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girl standing beside children

以前「言語は話者の思考に影響を与えるのか?言語的相対論仮説について」でもご紹介した通り、どの言語を話すかによって、「その言語の構造が話者の認知能力にある程度の影響を与え得る」という仮説を「弱言語的相対論仮説」と呼び、認知心理学・認知言語学界隈では非常に熱心な研究対象となっています。

 

突然ですが、ある男性が風船を持って立っている情景を想像してください。

彼は何もしていないのに、その風船が突然破裂してしまいました。

 

  1. He popped the balloon.
  2. The balloon popped. 

 

どちらを使いますか?

 

英語では他動詞と自動詞と 双方用いて同じ事象を表現することができますね。

 

 

それではもう一度同じ男性が風船を持って立っている情景を想像してください。

 

今後は彼が風船に画鋲を刺しました。当然ながら風船は瞬時に破裂します。

 

  1. He popped the balloon.
  2. The balloon popped. 

どちらを使いますか?

 

日本語でも同様に、「彼が風船を破った」とも言えますし、「風船が破れた」とも言えますよね。

 

一般的に英語はagentive(動作主格、つまり行為者が主体)言語と言われ、対照的に日本語やスペイン語はnon-agentive(非動作主格、つまり状況が主体」言語と記述されることが多いとされます。

 

この事実に着目したオレゴン大学心理学助教授・Caitlin Fausey博士、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校認知科学教授・Lera Boroditsky博士と彼女達の研究チームが2010年に大変興味深い研究成果を発表しています。

 

Fausey博士とチームは英語と日本語のネイティブスピーカーに、例えば「机の上にある箱を叩き落とす」等の明らかに「故意に行った動作」の動画と、反対に「手を動かしているときに机上の箱にぶつかってしまい、箱が落ちる」等の「過失で思いがけず発生した事故」の動画を視聴させました。

 

そしてその直後、たった今動画で見た状況を被験者に口頭説明させ、「He popped the balloon.」や「男性が風船を割った」のような他動詞を用いたagentive(動作主体)な表現をしているか、または「The balloon popped.」や「風船が割れた」にように自動詞を用いたnon-agentive(状況主体)な表現をしているかを注意深く観察しました。

 

その結果、明らかに「故意に行った動作」の動画を視聴した後は英語話者も日本語話者もagentive(動作主体)の表現を高頻度で使用しており、2つの言語間で特筆すべき差異は確認されませんでした。

 

しかし、「過失で思いがけず発生した事故」の動画を視聴した後においては、日本語話者よりも、英語話者の方がより高頻度にagentive(動作主体)な記述をしていることが判明したのです。

 

更に同研究チームは、英語話者の方が、「過失で思いがけず発生した事故」において、「誰がやったか、誰が関わっていたか」を日本語話者よりも遥かに鮮明に記憶していることも発見したのです。(下図参照)

 

 

(出典: Fausey et al., 2010) 

 

 

この実験結果は、ある大変興味深い可能性を私たちに教えてくれています。

 

即ち、英語は「偶発的に発生した出来事」に対してでも、「誰がやったのか、誰が関わっていたのか」を明確にする追求する言語であり、逆に日本語においては「偶発的に発生した出来事」に対しては「誰がやったか」に重きを置かない、つまり責任の所在をあえて明確にしない言語であると言えるでしょう。

 

言語とその言語が使用される社会・文化の間には非常に密接な関係があります。もしかすると日本社会・文化において、偶発的に発生した事故に対してその責任の所在を明確にし、関係者を非難することは避けられる傾向があり、そのような社会的・文化的背景が私たちの言語にも反映されているのかもしれませんね。

 

反対に英語圏においては「The balloon popped.」という自動詞を使った発言を多用すると「責任回避的で子供っぽい印象」を与えかねません。従って英語圏においては「例え偶発的に発生した事故であったとしても、その責任の所在を明確にする」ことに重点が置かれているがために、その社会文化的通念が言語に反映されているのかもしれません。

 

 

まとめ:

如何でしたでしょうか?

同じ現象を表現するにしても、英語と日本語で「何に焦点を置くか」が異なっていることがお分かりいただけたのはないでしょうか。

このような言語構造の違いが、話者の記憶力にまで影響を及ぼしているとは驚きですよね。

小さな言語の構造差異であっても、何年、何十年とその言語を使用していくうちに、話者の認知能力にまで影響を与え始めることがこの研究を通して分かります。

皆様はある事象を説明する際に、「誰がやったか」に重きを置いて話しますか、それとも「何が起こったか」に重きを置いて話しますか?

もしかすると英語を話す時と日本語を話す時で、知らず知らずの内に思考パターンが切り替わっているかもしれませんね。

 

参考文献:

Fausey, Caitlin & Long, Bria & Williams, Aya & Boroditsky, Lera. (2010). Constructing Agency: The Role of Language. Frontiers in psychology. 1. 162. 10.3389/fpsyg.2010.00162.