普段英語学習をしているとよく「日本語で考えてから英語に変換して発話する」のではなく、「ネイティブの様に初めから英語で考えて文章を構築する」ことが重要などとよく言われますよね。
「英語ネイティブは常に完璧に英語を処理・理解できる」というイメージを持ちがちですが、実際に英語ネイティブが母国である英語を脳内で処理するプロセスと、私たち日本語の母語話者が英語を外国語として脳内処理するプロセスは、果たしてそこまで異なるものなのでしょうか?
例えば以下の図に関して、「Most of the dots are blue.」(ドットの大半は青色である)という英文の真偽を問われたとします。
(出典: Lidz et al. 2011)
皆様はそこまで苦労することなく、この英文への回答が「No」だと瞬時に理解できたのではないでしょうか?
何故ならドットは全部で14個あり、10個が赤と黄色即ち青以外の色、そして残りの4つが青色だからですよね。
青以外10個と青4個では(10:4)青の方が少ないですから、「Most of the dots are blue.」という上記英文は明らかに「false」となります。
しかし、例えば「青以外8個と青7個」のように、青以外の色と青色の割合が近くなればなるほど、パッと見て瞬時に判断するのが難しくなりますよね。
米国メリーランド大学言語学教授Jeffrey Lidz博士と彼の研究チームが上記のような英文や図を使用して英語ネイティブ向けに複数の実験を実施したところ、ネイティブの脳内でも全く同じ事象が発生していることが判明しました。(Lidz et al. 2011)
即ち、「青以外のドット : 青ドット」の割合の差が大きければ大きい程、より早く「True/False」の質問に回答でき、割合の差が小さければ小さい程、回答スピードが遅くなっていくということです。
Lidz博士は、この事象は人間のANS(Approximate Number System)という認知機能に深い関連があると結論づけています。
ANS(Approximate Number System)とは、人間のみならず、猿や犬、猫、はたまたグッピーといった魚類に至るまで、自然界の様々な生物で確認されている認知能力で、「目の前にある物体の数量を数えるのではなく、おおよその数を瞬時に目算する」能力を指します。
つまり英語ネイティブは「英語母語話者特有の特殊能力」のようなミステリアスな力を駆使して英語を処理している訳ではなく、自然界の生物に備わる普遍的な認知システムを使用して、英語を処理していることが分かります。
これに関連して、皆様は普段英語学習をする中で、肯定文よりも否定文の方が理解がやや難しいと感じることはないでしょうか?
例えば「John is a nice person.」の方が「John is not a bad person.」より遥かに容易に理解できると思います。
米国スタンフォード大学教授のHerbert H.Clark博士と、カーネギーメロン大学教授の故William G.Chase博士の共同研究で面白い事実が判明しています。(Clark & Chase, 1972)
この二人の言語学・心理学者は「*(アスタリスク)」と「+(プラスサイン)」を縦上下に並べ替えて、英語母語話者の被験者へ提示し、その上で以下の様な質問を投げかけ、その英文の真偽(True or False)について回答させました。
「Star is above plus.」(アスタリスクはプラスの上にある)
「Star is below plus.」(アスタリスクはプラスの下にある)
「Star isn’t above plus.」(アスタリスクはプラスの上にはない)
「Star isn’t below plus.」(アスタリスクはプラスの下にはない)
この結果、肯定文の真偽を回答する時と比較して、否定文の真偽を回答する際に、被験者の回答スピードが大幅に遅延していることが判明しました。(下図参照)
(出典: Clark & Chase, 1972)
これは即ち、英語母語話者にとっても、否定形の脳内処理は、肯定形の脳内処理よりも、更に多くの認知リソースを要求するが故に、処理プロセスにより多くの時間を要するということを示唆しています。
まとめ
いかがでしたでしょうか? 上記の実験結果から、英語ネイティブが自分たちの母語である英語を脳内で処理するプロセスが、私たち学習者とそこまで大差無いことがお分かりいただけたのではないでしょうか?
普段私たちは英語母語話者に対して「どのような状況でもいつでも完璧に英語を処理できる」ような印象を受けがちです。しかし英語のネイティブスピーカー達も「人間の基本的な認知機構」に基づいて言語を処理しているという意味では、私たちと全く同じなようです。
私たちは皆「脳」と呼ばれる「似たような認知プロセスが備わったコンピュータ」を実装していますから、学習・努力次第で十分、英語ネイティブに匹敵する実力を身につけることも可能である、そんな風にポジティブに英語学習に取り組んでいきたいですね。
参考文献:
Clark, H. H., & Chase, W. G. (1972). On the process of comparing sentences against pictures. Cognitive Psychology, 3(3), 472–517. https://doi.org/10.1016/0010-0285(72)90019-9
Lidz, J., Pietroski, P., Halberda, J. et al. Interface transparency and the psychosemantics of most . Nat Lang Semantics 19, 227–256 (2011). https://doi.org/10.1007/s11050-010-9062-6