普段英語リスニングを実施している中で、英語独特の母音や子音は聞き取りが難しいと感じていらっしゃる方もきっと多いと思います。
例えば「r」と「l」という2つの子音ですが、どちらも日本語音声には存在しません。
日本語で私達が使用する「ら・り・る・れ・ろ」は「tapping」と呼ばれ、音声学的には全く異なる子音だからです。
同様に「b」と「v」の差異や、単語の頭に付く「p」に見られる破裂音も日本語には存在しないため、日本語話者にとって聞き取りが著しく困難であると言えるでしょう。
しかしながら例えば、アイスランド語を母語とする英語学習者は上記の様な「r」と「l」の区別に苦労することはほぼ皆無です。その代わり名詞の「CONtrast」と動詞の「contRAST」のように、スペルは同じなのにアクセントの位置が異なる単語の区別は比較的苦手と言えるでしょう。
こういった音声に対する知覚は、特に大人の英語学習者にとっては大きな課題であると言えますが、何故自らの母国語に基づいて、苦手な英語音声に差異が生じるのでしょうか?
その答えは私達がこの世に生を受けた瞬間から半年が経つまでの間にあるようです。
ワシントン大学の言語学教授・Patricia Kuhl博士は長年のこの疑問に解明に取り組んでいる学者の一人で、彼女の研究チームは大変面白い方法論を用いて上記の謎を解明しています。
「Head-Turning Paradigm」と呼ばれる方法を用いるユニークな実験方法は、生後数ヶ月程度の赤ちゃんに例えば、「ra, ra, ra, ra, ra…」と同じ「r」の子音を繰り返し聞かせ、ランダムなタイミングで「la, la, la, la, la…」と別の子音に切り替えます。
音声が変化したタイミングの数秒後に、同じ実験室に設置してあるおもちゃの猿がシンバルを叩きます。これを何度か実施しているうちに、赤ちゃん達は「なるほど。音声が変化した時に、おもちゃの猿がシンバルを叩く様子が見られるのだな」と学習します。
これにより、「ba」が「va」に変化するタイミングでも、「sa」が「sha」に変化するタイミングでも「あ!今音声が変化したから、おもちゃの猿がシンバル叩く様子がもうすぐ見えるぞ」と予測をし、おもちゃの猿が実際にシンバルを叩くより先に、おもちゃの方向へ頭を向けるようになります。これが「Head-Turning Paradigm」即ち「振り向きパラダイム」という実験方法名の所以です。
この方法を利用すると、赤ちゃんが2つの異なる音声をどれほど正確に聞き分けられているかが、判断できるという訳です。
Kuhl博士はこの方法を世界中の様々な言語バックグランドを持つ赤ちゃん達に実施することで、生後半年以内の赤ちゃんは、自分の母国語が何語であるかに関わらず、あらゆる言語に存在するあらゆる音声を聞き分けられることを結論づけました。このことから、彼女の言葉を借用すると、生後6ヶ月以内の赤ちゃんは世界中のどの言語集団にも属さない「citizens of the world」(世界の市民)であると言えるでしょう。
しかし、生後6ヶ月から1歳の誕生日を迎える間の次の半年間で驚愕の事態が発生します。全ての言語の全ての音声を問題無く聞き分けられていた赤ちゃん達ですが、英語を母語とする赤ちゃんは英語に存在する音声、日本語を母語とする赤ちゃんは日本語の音声と、自身のネイティブ言語の音声識別には更に磨きがかかったのに対して、自分の母語に存在しない音声への識別能力が目に見えて衰えてしまっていることが判明したのです。
つまり、自分の母語に存在する音声の知覚により多くの認知リソースを投資し、自分の母語と関係の無い音声へ注意を払うことを辞めたことが分かります。
即ち母語を向上させることに注力するために、脳が外国語音声への知覚を淘汰したとも言えるでしょう。これが日本語母語話者が英語の音声認識に苦労する最大の原因です。
つまり私たち学習者が「r」と「l」の聞き分けに苦労することは、私たちがこの世に生を受けた後、12ヶ月以内に宿命づけられているということになりますから、この苦労は「至極当然のこと」、「生物学的に仕方のないこと」だとお分かりいただけると思います。
まとめ
いかがでしたでしょうか?私たち日本語母語話者が英語の「b」と「v」の聞き分けに苦労するように、英語を母語とする日本語学習者は「柿」、「牡蠣」、「垣」の違いに対して、同じ様に四苦八苦します。
英語学習を生涯継続していく中で、リスニングで苦戦したり、発音練習で挫けそうになることが何度もあると思います。しかし「もともと生物学的にハンデのあることをやっているのだから難しくて当然」と開き直って、寧ろそのような難題に果敢にチャレンジするご自分を褒めてあげながら、肩の力を抜いて学習に取り組んでいきたいですね。
参考文献:
Kuhl, P.K., Stevens, E., Hayashi, A., Deguchi, T., Kiritani, S. and Iverson, P. (2006), Infants show a facilitation effect for native language phonetic perception between 6 and 12 months. Developmental Science, 9: F13-F21. https://doi.org/10.1111/j.1467-7687.2006.00468.x