皆様の大部分は日本語の母語話者で、様々な理由から英語を外国語として学習されていらっしゃる方々だと思います。
言語構造的にもほとんど共通点の見られない英語と日本語ですが、実はこの2言語のハイブリッドが存在することをご存知でしょうか?
しかもこのハイブリッド言語は日本国内で現在でも使用されているのです!
ハイブリッド言語のお話をする前に「言語接触」、「混成言語」について少し考えてみましょう。
突然ですがある孤島を想像してください。
この島の住民の間では、長年伝統的に「言語A」が話されているとしましょう。
ある日そこへ新天地を求めて「言語B」を話す集団が移住してきました。
元々の島民である言語Aの話者は当然、島での食料確保に長けています。
一方、言語Bの話者は生活に役立つ様々な道具作りが得意です。
島での生活をより快適にすべく、2つの言語コミュニティは食料と道具を互いに物々交換することにしました。交易の始まりですね。
しかしここで大きな問題に直面します。2つの言語グループはお互いに意思疎通ができないのです。
交易を実施していくためにはお互いの言語を理解しなくてはならないのですね。
ここで「言語接触」が発生します。
言語接触とは、社会・経済的或いは政治的な必要性に駆られて、異なる言語が接触を起こすことを指します。
その結果、言語Aと言語Bの特徴を両方持ち合わせた中間言語「言語C」が形成されます。
社会言語学ではこの言語Cをピジン言語(混成言語)と呼びます。
ピジン言語は、異なる言語を話す大人の話者同士がお互いの言語をミックスしながら話している状態であるため、文法的な誤りや、発音の揺れ、使用の個人差が激しい場合が多く、言語としては不安定な状態と言えます。
では大人たちが話すこのピジン言語を聞きながら育った島の子供達はどうなるのでしょうか?
大変興味深いことに、不安定だったピジン言語(言語C)を新世代が「ネイティブとして」習得することにより、文法規則や発音がより正確に統一され、安定した言語、「言語D」へと進化するのです。この言語Dをクレオール言語と呼び、ピジンがクレオールへ進化する過程をCreolization(クレオール化)と呼びます。
このピジン言語、クレオール言語は世界中で頻繁に発生する社会言語学的事象だと言え、実は日本でもいくつかその実例が存在します。
東京都の小笠原諸島では、歴史的に上記のような言語接触が繰り返されてきました。
1830年まで、小笠原諸島に存在する哺乳類は何とコウモリのみであったと言われています。
そこへ英語、ポルトガル語、チャモロ語等の様々な言語を話す別々の集団が移住してきた結果、英語が島民の主要言語となっていきます。
しかし1876年に日本政府が諸島の領有権を主張すると同時に、大量の日系人が入島、教育面及び行政面でも小笠原諸島の主要言語は日本語となりました。
ここで初めて、それまで話されていた英語と日本語の言語接触が発生したのですね。
ところが1946年に日本が第二次世界大戦で敗戦すると状況は一変し、アメリカ合衆国による統治が開始します。ここで再度島の主要言語が英語メインに戻される事態となります。
1968年にアメリカ合衆国が小笠原諸島を日本政府へ返還すると、再度日本語が台頭しました。
このように170年の小笠原諸島の言語学的歴史の中で、英語と日本語が接触を繰り返した結果発生したのが「小笠原混成言語」です。(Long, 2007)
小笠原混成言語の特徴は、基本の語順等は日本語の影響が強く、そこに英語の語彙が借用され、更に独自の文法規則や音声規則が存在しているという点です。
小笠原混成言語研究の第一人者である、東京都立大学・人文社会学部教授Daniel Long博士が実施したフィールドワークで彼が取得したデータの例を見ていきましょう。
「Meのsponsorの, あの, 何というの?そのFrench door, あのー, glass doorが割れて, waterがup to the kneeだった」
「うちのmamaはno-leg manも見たっつったぞ, あのー、兵隊のclothes着て, Youの叔父さん, too, He had lots of stories」
「Meらタバコ吸うとゆうや?」
<出典: Long, 2007>
興味深いのは、「me」や「you」等の人称代名詞は英語が使用されるのに、所有格では「my」や「your」とならずに「meの」、「youの」となる点です。
同様に一人称複数が「we」ではなく「meら」となり、英語の語彙と日本語の助詞が融合して使用されていることがお分かりいただけると思います。
一見、同一文内で、英語と日本語をランダムに混ぜ合わせているだけに見えるのですが、決してそうではなく、小笠原混成言語のネイティブスピーカーにとっては、「この文は文法的に正しい、誤っている」の判断は非常に明確で、独立した文法規則をもっていることが分かります。
まとめ:
いかがでしたでしょうか?
英語と日本語のハイブリッド言語が日本国内に現存している事実自体驚きだったという方も多いのではないでしょうか?
本稿では異なる言語の話者同士が、社会・経済・政治的な理由から、意思疎通を図るために発生するピジン言語、そして彼らの子供達がそれを母語として習得した結果生まれるクレオール言語について紹介し、その1例として日本国内に現存する小笠原混成言語について見ていきました。
参考文献:
Long, D. (2007). When islands create languages. Shima: The International Journal of Research into Island Cultures, 1(1).