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皆様は英語学習に励まれている中で、「何故同じ英文を何度も読んでしまうんだろう」、「何故リーディングで頻繁に文法ミスを犯してしまうのだろう」等、真剣に取り組んでいるが故に、日々様々な悩みや壁にぶつかっていらっしゃることと思います。

 

 

果ての無い英語学習の旅の中では「所詮自分はネイティブじゃないから」、「英語ネイティブだったらこんな悩みも無いのになぁ…」等とついつい不貞腐れてしまう時もありますよね。

 

 

しかし「英語ネイティブは英語の処理に苦労しない」、果たしてこれは事実なのでしょうか?

何気なく私達が抱きがちなこのイメージに、心理言語学の観点からメスを入れていきたいと思います。

 

 

英文を読んでいる途中で、それまでの文法的解釈が誤っていたことに気づき、文頭に戻って読み直すことはありませんか?この効果を心理言語学では「Garden-path model」と呼び、英語ネイティブの間でも頻繁に発生します。(Frazier, 1987 as cited in Gompel & Pickering, 2007) 

 

 

次の文章を読んでみてください。

 

1. The defendant examined by the lawyer turned out to be unreliable.
(弁護士に取り調べられた被告は信用できない人物であると分かった)

 

この文章では、ネイティブスピーカーでも最初、「The defendant 」が主語で、「examined」の動詞の後に目的語が来ると予想してしまいます。しかし実際に対面するのは「by the lawyer」という前置詞句、この時初めて「The defendant by the layer」までが主語だったのだと気付くのです。ネイティブ被験者を起用した実験でも、「by the lawyer」に出会った直後明らかにリーディングスピードが遅延することが分かっています。(Brever, 1970 as cited in Gompel & Pickering, 2007) 

 

 

では次はどうでしょうか?

 

 

2a. The Australian woman saw the famous doctor had been drinking quite a lot.
(オーストラリア人女性は有名な医師が大量に飲酒していたのを見た)

2b. Before the woman visited the famous doctor had been drinking quite a lot.
(女性が訪問する前に、有名な医師は大量に飲酒していた)

 

 

初見だと、2aの文章は「saw」、2bの文章は「visited」の目的語が「the famous doctor」だと勘違いしてしまいませんか?

同じくネイティブ話者を起用した実験でも、2aの文章では「saw」の主語が、2bの文章では「visited」の主語が「the famous doctor」であると、最初に誤った予測をしてしますが、その直後、その予測が誤っていたことに気づくのですね。ただ興味深いことに、2aの「’saw’の目的語として文章が埋め込まれている」ことを理解するのと、2bの「’visited’の後にコンマがある」ことを理解するのでは、前者の方が文章全体の構造を脳内でゼロから再構築する必要があるため、2aの方が2bより処理しづらく、遅延が発生することも判明しています。(Gorrell, 1995 and Sturt and Crocker, 1999 as cited in Gompel & Pickering, 2007) 

 

 

3. While Anna dressed the baby that was small and cute spit up on the bed.
 (アンナが服を着ている間に、小さくて可愛い赤ちゃんがベッドに嘔吐した)

 

 

日本語だと何の問題も無く理解できますが、英文は初見だと非常に理解しづらいですよね。よくよく注意して読んでみると、「実は服を着たのはアンナで、ベッドに嘔吐したのは赤ちゃん」なのは明白なのですが、ネイティブスピーカーにこの文章を読ませた後、「誰が服を着たのか」を問うと、大半が「赤ちゃん」と回答し、「誰がベッドに嘔吐したのか」と問うと、これもまた「赤ちゃん」と回答するのです。

何故このようなことが起こるのでしょうか?

これは被験者が最初に「Anna dressed the baby」という誤った文法的予想を立てるためです。そしてその後、「While Anna dressed」の後に実は見えないコンマがあり、「服を着たのはアンナで、赤ちゃんが着せられたのではない」という新事実が発覚します。しかし当初の誤った解釈、即ち「アンナが赤ちゃんに服を着せた」ことが、話者の頭の中にいつまでも残ってしまうために、このような矛盾した回答をしてしまうのです。(Christianson et al, 2001 as cited in Gompel & Pickering, 2007) 

 

 

次はどうでしょうか?

 

 

4. The dog was bitten by the man.
(犬が男性に噛まれた)

 

この文章では明確に「犬が、男性に噛まれた」ことが受動態で言及されているにも関わらず、実験では英語ネイティブスピーカーでも、高頻度で「男性が犬に噛まれた」と勘違いしてしまうことが判明しています。

これは「犬が人間に噛まれる」方が「人間に犬が噛まれる」よりも遥かに「起こり得そう」な事象であることから、脳が都合よく行為者と被害者を勝手に入れ替えてしまうことが原因であると言われています。(Ferreira, 2003 as cited in Gompel & Pickering, 2007)

 

 

次の文章を読んでみてください。

 

5a. The student forgot the solution was in the book.
(生徒は問題の答えが本の中にあることを忘れた)

5b. The student hoped the solution was in the book. 

(生徒は問題の答えが本の中にあることを願った)

 

 

5aでは「forget」の目的語が「the solution」だと一瞬勘違いしませんでしたでしょうか?

対照的に5bは割とすらすら読める印象はありませんか?

 

英語ネイティブを起用した実験でも、5aのリーディングスピードは5bよりも遅延していることが判明しました。
これは5aの「’forget’という動詞の後には高頻度で直接目的語が来るが、反対に5bの’hope’の後には直接目的語が来ない」という言語特有の「統計的なデータ」が原因だと言われています。英語という言語において、「この動詞はこの構文で現れやすい」という統計情報を肌感覚で持っているネイティブだからこそ、「’forget’の後に文節が来るわけない…」とうっかり見切り発車してしまうのかも知れないですね。(Trueswell et al., 1993 as cited in Gompel & Pickering, 2007)

 

 

まとめ:

如何でしたでしょうか?

もちろん本稿でご紹介した心理言語学実験は、高度に統制された検証環境下で、視線計測器等の超精密機器を用いて、初めて検出可能な実験データです。よって英語ネイティブが私たち英語学習者より高度な言語運用能力を持っていることは紛れもない事実でしょう。

しかし、私たち英語学習者がミスしやすいポイント、理解しづらい文章は、往々にして英語ネイティブにとってもミスしやすく、理解しづらいものだということがお分かりいただけたのではないでしょうか?

それが母語であれ外国語であれ、ネイティブであれ学習者であれ、私たちの言語能力は総じて、眉間の後ろに鎮座する約1.3〜1.5キログラム程の脂肪とタンパク質の塊に支配されています。そういった意味ではネイティブと学習者の間で、言語処理へのアプローチが酷似していたとしても何ら不思議ではないのかも知れませんね。

 

参考文献:

Van Gompel, R. P., & Pickering, M. J. (2007). Syntactic parsing. The Oxford handbook of psycholinguistics, 289-307.