以前「言語は話者の思考に影響を与えるのか?言語的相対論仮説について」でもご紹介した通り、どの言語を話すかによって、「その言語の構造が話者の認知能力にある程度の影響を与え得る」という仮説を「弱言語的相対論仮説」と呼び、認知心理学・認知言語学界隈では非常に熱心な研究対象となっています。
英語と日本語の言語的構造の違いは、語順から発音に至るまで枚挙に暇がありませんが、これらの違いは話者の思考にどのような影響をもたらすのでしょうか?
英語にはCount nouns(可算名詞)とMass nouns(不可算名詞)の2種類があります。
例えば、「two apples」と言うことはできますが、「two furnitures」とは言えませんね。「two pieces of furniture」のようにわざわざ数詞を前置して言わなくてはなりません。これは後者が不可算名詞であるが故の現象と言えます。可算名詞は複数形にできますが、不可算名詞はそれができないことが特徴です。
更に言えば、英語は「物体」と「物質」を厳格に区別する言語だとも言えます。
個体として識別できる「物体」は可算名詞として扱われますが(two chairs, five trees等)、個体ではなく「素材」として識別されるものは不可算名詞となります。(two glasses of waterや、five grains of sand等)
一方日本語では、非生物名詞は全て同等に扱われます。「〜個」や「〜本」等の異なる数詞を使わなくてはならないことを除けば、「林檎」も「家具」も「水」も「砂」も特に文法上区別はしませんよね。
この事実に着目した慶応大学言語心理学教授・今井むつみ博士と、ノースウェスタン大学認知科学教授・Dedre Gentner博士が90年代後半に実施した共同研究で大変興味深い実験結果が示されています。
今井・Gentner両博士は、英語と日本語のネイティブスピーカー各4グループ計8グループ(2歳、2歳半、4歳、大人)に、例えば、「複雑な物体」(例: 泡立て器やクリップ)、「単純な物体」(例:UFOやピラミッド)、「物質」(例:ニベアクリームやヘアジェル)の3種類の物体・物質サンプルを提示しました。
その直後、提示したサンプルと「形は同じだけど違う素材」と「同じ素材だけど違う形」の2つの代替品を見せて、「どちらがより最初に提示したサンプルと近いか」を回答させました。
例えば、「コルク製のピラミッド」を最初に提示された被験者には、「A: プラスチック製のピラミッド(同形異素材)」と「B:コルクの破片(異形同素材)」の2つを提示し、どちらが最初に提示したサンプルとより近いかを尋ねたという訳ですね。
その結果、英語話者は物体の「形状」によりフォーカスしてグループ分けする傾向が強かったのに対して、日本語話者はより「素材」によりフォーカスしてグループ分けする傾向が強いことが判明しました。(下図参照)
(出典: Imai, M., & Gentner, D. (1997).)
この実験においては、「何故英語は形状に重きを置き、日本語は素材に重きを置くのか」に関して決定的な結論は導き出されていませんが、「2つの言語が話者の思考に2つの異なる思考パターンを要求している」という大変興味深い事実を私達に知らせてくれています。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
「言語は単なるコミュニケーションの手段」と一言で片付けてしまうことも勿論簡単です。
しかし、言語によって「何に重きを置くか」の視点が異なっています。これは即ち「何により注意を払わなければならないか」が言語により異なることを示唆しています。
言語特有の思考パターンを何年、何十年と繰り返している内に、話者の認知能力に影響を与えていたと言っても不思議ではありませんよね。
皆様も普段英語を学習されている際、日本語と英語が「何に重点を置いているのか」という部分の違いに着目してみると更に深く英語学習を楽しんでいけるかもしれませんね。
参考文献:
Imai, M., & Gentner, D. (1997). A cross-linguistic study of early word meaning: Universal ontology and linguistic influence. Cognition, 62(2), 169-200.