皆さんは次の英文の意味が即座に理解できますか?
The old man the boat.
大抵の方がこの文を見て、何かが欠落していると感じられたのではないでしょうか?
皆様が大抵の英語のネイティブスピーカーと同じ感覚を共有していれば、「動詞」を一生懸命探したはずです。
例えばもしこれが「The old man owns the boat.」や「The old man is on the boat.」であれば問題無く、スムーズに理解できたことでしょう。
実はこの文「The old man the boat.」は文法上、紛れもなく正しい英文です。
ここでは「The old」が集合的に「(複数の)年をとった人々」を指し、「man」が「(機械や装置を運転・操作するために)その場を担当する」といった意味の動詞として使用されているのです。
つまり、「(複数の)年をとった人々がその船を担当する」といったような解釈となります。
ところが英語ネイティブでも、この文を読むと先ず「The old man」が主語の名詞句だと即座に判断してしまい、その結果、「これは文法上誤った文である」と勘違いしてしまいます。
このような、一瞬文法上間違っていると感じても、よく見ると実は正しいといった文を「知らず知らずのうちに出口の無い庭園の小道に迷い込まされる」イメージから、心理言語学で「Garden-path Sentence」、日本語訳だと「袋小路文」等と呼び、熱心な研究対象となっています。
では次の文はどうでしょうか。
The complex houses married and single soldiers and their families.
「複雑な家が結婚?」と大混乱されたのではないでしょうか?
実はこれも袋小路文で、「The complex」を主語の名詞句、「houses」を動詞として考えると、「その(アパートのような大きな)建造物は、既婚及び未婚の兵士とその家族に住居を提供する」のような意味合いとなり、文法上正しい英文です。
ではこれはどうでしょう。
The horse raced past the barn fell.
「最後の動詞fellは余計じゃない?」ときっと感じられたと思います。
これも「The horse that was raced past the barn」の受け身の名詞句から「that was]の関係詞が省略された文だと考えると、「納屋の前を(通過して)競争させされた馬が転倒した」といった意味となり、英文法上全く問題無い文です。
また、「Garden-path sentence」と似た言語学的現象で、「一見文法上正しい文に思えるのによくよく見ると、誤っていることが判明する」といった英文もあり、その一つに「Comparative Illusion(比較級イリュージョン)」という現象があります。
More people have been to Russia than I have.
この文をパっと見た印象、英文法上問題の無い文に思えたのではないでしょうか?
大抵の英語のネイティブスピーカーもこの文を見て「これは文法上正しい、意味の通る文である」と瞬時に判断してしまうという研究結果があります。(Wellwood et al., 2018)
しかしこの文よくよく見てみると、「more people」という複数形の比較なのに「I」という1人称単数が比較対象にきており、全く意味が通らないのです。
仮にこれが「More people have been to Russia than elephants.」や「More people have been to Russia than I have thought.」等であれば、文法上問題無い文なのですが、面白いことに、この比較級イリュージョンに英語のネイティブですら、いとも容易く騙されてしまうのです。
この現象の発生原因には専門家の中で様々な仮説が立てられているものの、最新の研究結果では「ロシアへ行ったことのある人数の比較」ではなく「ロシアへ渡航するというイベントの発生回数の比較」に知らず知らずのうちに聞き手の解釈がまんまとすり替わってしまうことが最もそれらしい原因ではないかと言われています。(Wellwood et al., 2018)
しかし当然ながら、後者の解釈をするためには「People have been to Russia more than I have.」という構文に変えなければならないため、「More people have been to Russia than I have.」は英文法上誤った文であることに変わりはありません。
まとめ
如何でしたでしょうか?
一般的には「英語のネイティブスピーカーは完璧に英語をマスターしているから、文法ミスなんてしない」という通念が存在するように思えます。
しかし実際には、意外にもネイティブスピーカーと学習者である私達が脳内で言語を処理するプロセスはそこまで変わらないのかも知れません。
もしかすると私達が「英語ネイティブ」と考える方々も「高度に洗練された学習者」なのかもしれないですね。
参考文献:
Wellwood, Alexis & Pancheva, Roumyana & Hacquard, Valentine & Phillips, Colin. (2018). The Anatomy of a Comparative Illusion. Journal of Semantics. 35. 543-583. 10.1093/JOS/FFY014.