「日本語は色々なことが省略できるけど、英語は全てをきっちりと言わなくてはならない言語だ」と耳にしたことはありませんか?
確かに日本語では「私は太郎に電話した」と言いたい時に「太郎に電話した」とだけ言えば十分文脈から意図が読み取れます。
反対に英語では「I called Taro.」と主語、動詞、目的語を明確にしなくてはならず、「Called Taro.」とは(通常は)言わないですよね。
とはいえ英語に省略がないのかというと実はそうではありません。
皆様は以下の例文の意味が分かるでしょうか?
Betsy was hassled by the police and Peter was too. (ベッツィーは警察に困らされたし、ピーターも警察に困らされた)
この文をよく見ると2番目の節で動詞句が省略されていることが分かると思います。
2番目の節の「Peter was」の後に実は「 hassled by the police」があるべきはずなのですが、実際に発話はされません。
それでは次はどうでしょうか。
John put his beer on the floor, so Mary did.(ジョンがビールを床に置いたので、メアリーもビールを床に置いた)
この文も同様に、実際には「Mary did」の後に「put her beer on the floor」があるべきところが完全に省略されてしまっていますね。このような動詞句の省略は「Verb Phrase Ellipsis(通称: VP Ellipsis)」と呼ばれ、主に統語論言語学者の間で熱心な研究対象となっています。
このような省略現象は、英語のみならず、日本語、スペイン語、スウェーデン語、アイルランド語等、世界中の諸言語でその存在が確認されており、言語によってその性質が多少異なります。例えば日本語では「太郎は寿司を食べたし、花子もだ。」のように、「〜もだ」を文末で使用した形態で用いられることが多いでしょう。
VP Ellipsisの目的は、既に前述されている旧情報を繰り返さないようにすることであると考えられており、対話コミュニケーションにおける情報処理リソースを節約するための戦略であると言えます。
しかしながらVP Ellipsisの発動条件を巡って様々な議論が言語学界では繰り広げられています。VP Ellipsisには、「先行する文節と、後からついてくる文節の構造が同一でなくてはならない」という基本原則があります。
つまり以下の例文では、角括弧で囲われた部分「hassled by the police」及び「put his/her beer on the floor」の部分が先行の節と後行の節で同一である場合のみ、VP Ellipsisの発動が許可され、重複している2番目の文節の対象動詞句が省略可能となると言われています。
Betsy was hassled by the police and Peter was [hassled by the police] too.
John put his beer on the floor, so Mary did [put her beer on the floor].
しかし例外もあり、先行の動詞と、省略される動詞の時制が異なっていたり、能動態と受動態等の語態が異なっていたとしても許容されるという面白い性質があります。
以下の例文では、先行する文節内の動詞句と、後行する文節内の動詞句の語態が異なっているにも関わらず、VP Ellipsisの発動が承認されていることがお分かりいただけると思います。
Janitor must remove the trash whenever it is apparent that it should be. (清掃員は、ゴミが片付けられるべきであると見て明らかな時に、そうしなくてはならない[ゴミを片付けなくてなならない])
The system can be used by anyone who wants to.( このシステムは、それを使用したい人なら誰でもそうできる[使用することができる])
また上記ご紹介したVP Ellipsis(動詞句省略)以外にも、英語には様々な省略のバライエティが確認されています。
Sluicing(スルーシング/間接疑問文縮約変形 )
VP Ellipsisに似ていますが、違いは疑問詞の後に続くはずの文が丸ごと省略されてしまうところです。
英会話でも頻出の構文と言えるでしょう。
Mary told me she would be traveling to Japan, but I don’t know when.(メアリーは日本に旅行すると言っていたけど、いつかは知らない[=いつ日本に旅行するのか])
You play a wind instrument? Which one? (管楽器を演奏するの?どれ?[=どの管楽器を演奏する])
Fred likes chocolates. Does anyone know what kind?(フレッドはチョコレートが好き。誰かどんな種類か知ってる?[=彼がどんな種類のチョコレートが好きか])
Gapping(ギャッピング/空所化)
この構文もVP Ellipsisと似ていますが、全く異なる性質を持っています。この構文の非常に奇妙な点としては、動詞部分だけが欠落をして、主語や目的語などは縮約されずに生き残るところです。主語と目的語だけが残り、その間の動詞のみがスッポリ抜けているところから「ギャッピング」と呼ばれます。
John kissed Mary, and Bill, Susan. (ジョンはメアリーにキスをしたし、ビルはスーザンだ[=ビルはスーザンにキスをした])
Arnaud was his closest friend; Peter, his oldest.(アルノーは彼の親友で、ピーターは最も古い旧友だ)
Pseudo-gapping(スードギャッピング/擬似空所化)
この構文は上記Gappingと酷似していますが、実は異なる構文です。よくよく観察してみると、主語、目的語が省略されている点はGappingと同様ですが、助動詞は省略されていません。これが「擬似空所化」という名前の由来です。
Although I don’t like steak, I do pizza.(ステーキは好きじゃ無いが、ピザは好きだ)
Although I wouldn’t introduce Fred to Susan, I would Bill.(スーザンにフレッドは紹介しないが、ビルならする[=ビルならスーザンに紹介する])
まとめ
如何でしたでしょうか?本稿では英語の様々な省略構文、主にVP Ellipsisの例を紹介しました。
普段何気なく触れている英語にも、重複した旧情報を繰り返さないためのリソース節約の戦略が数多く隠されていることがお分かりいただけたのではないでしょうか?
私達人間の脳は、「可能な限り楽をしたい」器官なので、世界中の諸言語でこのような戦略的な構文が散見されるのかも知れません。
皆様が次にこのような省略構文に出逢われたときは是非、その空白に「もともと何が隠されていたのか」を考えてみると、より深く英語学習を楽しめるかも知れませんね。
参考文献:
Murphy, A.(2018) What does VPE elide?. EGG Summer School, Banja Luka