以前【認知言語学】比喩表現は言語の基盤?概念メタファー理論とはでもご紹介した通り、英語・日本語に関わらず、私たちの言語には常日頃からメタファー(暗喩)と呼ばれる認知言語学的現象が溢れています。
以下例をおさらいしてみましょう。
Let’s push back the meeting by one hour. (会議を1時間”後ろ倒し”しよう)
I will not look back on the past anymore. (過去はもう”振り返ら”ない)
時間は目に見える訳でも、物理的に存在している訳でもないのに、「後ろ倒し」したり、「振り返ったり」できるのは、私たちが抽象的な「時間」という概念を「物理的な空間」に置き換えることによって、理解しているからです。
同様に私たちの「感情」も抽象的な概念であり、目にも見えず、物理的に触れることもできません。概念メタファー理論において、「怒り」は「熱」や「火」といった物理現象の助けを借りて、認知されることが多いと言われます。
He is burning with rage. (彼は怒りに”燃えて”いる)
He has a hot temper. (彼は”熱い気性” の持ち主だ[=怒りっぽい性格だ])
日本語でも「そんなに’熱く’なるなよ」、「’カッカ’するなよ」等とよく言いますよね。
このように概念メタファーとは、「ある事象Aを、別の事象Bを使用して理解する」プロセスを指します。一般的には抽象的な概念を理解する為に、より具体的な概念を用いることが多いとされます。
当然のことながら、同じ事象を表現するのに、複数種類のメタファーを使用することもできます。
例えば犯罪。「凶悪な犯罪者が’牙を研いで’市民を狙っている」と言った場合、実際の犯罪者達に物理的な「牙」が備わっているかというとそうではなく、「犯罪者の邪悪な性質」を、「獰猛な猛獣の危険性」に置き換えて認知していますよね。
一方で「この社会は凶悪犯罪に’毒されて’いる」、「社会に犯罪が’蔓延って’いる」と言った際には、あたかも社会そのものが生き物であり、犯罪が病原体のように社会(宿主)を蝕んでいる様子が鮮明にイメージできると思います。
この事実に着目したカリフォルニア州立大学サンディエゴ校・認知心理学教授Lera Boroditsky博士は、犯罪を「獰猛な猛獣」と「ウイルスのような病原体」の2つのメタファーを使用して表現した際に、それが話者の思考及び判断に与える影響について実験を行いました。
2011年に当時スタンフォード大学で教鞭を執っていたBoroditsky博士は、485人の大学生及びオンラインで公募した被験者を対象に5つの大規模な実験を行いました。
あるグループの被験者には、犯罪を’beast’、即ち「獰猛な獣」として表現し、もう1つのグループには犯罪を’virus’「ウイルス」として表現した後、それぞれのグループに、それら犯罪への対処方法に関する意見を述べてもらうといった実験内容です。
その結果、犯罪を’beast’、即ち「獰猛な獣」として表現したグループの被験者は、対策方法として「警察官の人数を増やす」,「刑務所の数を増やす」、「刑罰をより厳しくする」といった「対外的に、犯罪をより強力な力を用いて押さえ込む」といった性質の意見を多く提案しました。
一方で犯罪を’virus’、即ち「ウイルス」として表現したグループの被験者は、「経済を安定させる」、「教育制度を向上させる」、「健康保険制度を拡充する」といった社会そのものの機能を安定・向上させるような「内在的な根本原因の特定・治療」といった性質の解決方法を多く提案しました。(下図参照)
出典: Thibodeau, P. H., & Boroditsky, L. (2011)
この実験結果は、どのようなメタファーを使用して特定の事象を説明するかによって、聞き手の認知的解釈が大きな影響を受け、その結果、その人の判断・行動にまで影響を与えかねないという大変重大な事実を示唆しています。
犯罪を「beast(猛獣)」として認知した被験者は、実際の猛獣を捉えようとするかのように、即効性のある攻撃的な解決方法を提示したのに対して、犯罪を「virus(ウイルス)」として認知した被験者は、ウイルスの’宿主’、即ち「社会そのものの健康状態・健全性」を向上させるような解決方法を提示しました。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
ある事象を表現する際に、どの概念メタファーを使用するのかによって、聞き手の当該事象に対する解釈や理解、印象が大きく変わり、それによって聞き手の判断や行動にまで影響をもたらす可能性がお分かりいただけたのではないでしょうか?
その性質上、概念メタファーは政治的なスピーチや、企業宣伝、ブランディング、クリエイティブライティング等で意図的に利用されることが数多くあります。
普段英語学習をされる中で、英語スピーチを聞く際や、英字新聞を読む際に、隠された概念メタファーを探してみるのも面白いかもしれませんね。
参考文献:
Thibodeau, P. H., & Boroditsky, L. (2011). Metaphors we think with: The role of metaphor in reasoning. PloS one, 6(2), e16782.