世界には現在確認されているだけでも約7000もの言語が存在し、音声・音韻構造、語順、語彙等の複数の観点から、非常に多くの差異もあれば、同時に多くの共通点も観察されます。
読者の皆様は日本語を母国語として話され、英語を外国語として学習されている方が大半かと思います。
私たち人間は、どの言語を話していても、非常に似通った目的を達成するために言語を使用します。即ちコミュニケーションを図る、「情報伝達の手段」ですね。
しかしどの言語を話すかによって、情報伝達の戦略も異なります。
例えば、中国語やベトナム語等アジアの諸言語にはTone(声調)という音韻的特徴があります。中国語の声調に関して言えば、1音節で4つのトーンが存在します。即ち、「マー」といった1音節でも、どのトーンを使用するかによって「マー(母)」、「マー(馬)」、「マー(麻)」、「マー(罵倒する)」と全く異なる4種類の意味の語彙を形成することができるのですね。同様にタイ語は5種類、ベトナム語は6種類のトーンを操るというのですから驚きです。
厳密に言えば、日本語にこのトーン(声調)という概念は存在しません。その代わり、Pitch Accent(高低アクセント)という類似した特徴があります。これは語中のアクセントに高低差をつけることで、語彙を多様化させる戦略です。
例えば「カキ」という単語は、語中のどこに高低アクセントを置くかによって、「牡蠣」、「柿」、「垣」と3種類の語彙を生成することができますよね。
逆に英語はStress Accent(強勢アクセント)という戦略を取り、語中のどの音節にストレス(強勢)を配置するかによって、語彙に多様性を持たせる戦略と言えます。例えば「contrast」と言う単語は、「CONtrast」と前方に強勢を置くと名詞になりますし、「contRAST」と後半に置くと動詞になります。
このように、トーンや、高低アクセント、ストレスを巧みに活用することにより、一見同じ単語に見えても、複数種類の語彙情報を詰め込むことが可能になりますから、より脳のメモリーリソースを節約できます。
ここでよく話題になるのは、「どの言語が最も効率よく情報伝達ができるか」という疑問です。
よく英語圏では「スペイン語の発話スピードはものすごく速い」というステレオタイプがあります。確かに、発話スピード、即ち1秒間に発する音節の数が多ければ多い程、一定の時間内により多くの情報が伝達できることになりますね。
一方で、中国語やタイ語、ベトナム語のように、1つの音節で4〜6語の語彙を形成できる言語は、同じ長さの文章を発話しても、より多くの情報量を1文に詰め込むことができます。
「一体どの言語が最も効率よく情報伝達できるのか?」
この疑問に終止符を打つべく、2019年にリュミエール・リヨン第2大学及び香港大学・言語学助教授Christophe Coupé博士と彼の研究チームが大変興味深い実験を実施しました。
Coupé博士とチームは日本語、英語、スペイン語、バスク語、ドイツ語、標準中国語、ベトナム語、タイ語、広東語、セルビア語、韓国語、フランス語等世界の17言語に対し其々10人ずつネイティブスピーカーを起用、各言語で同じ内容に関する文章を読ませました。それらのデータを録音・解析した上で、「1秒間に何音節発話されているか」、そして「1秒間に何bitの情報が伝達されているか」を比較しました。前者は発話スピード、後者は「情報量」を示しています。(下図参照)
出典: Coupé et al.(2019)
この実験の結果、いくつかの非常に面白い事実が判明しました。
まず日本語やバスク語は、世界でもかなり発話スピードの「速い」言語であることです。
ここで言う「速い」の定義は、「1秒間に何音節産出しているか」ですが、日本語やバスク語は1秒間に平均約8音節も産出していることが判明しました。対照的にタイ語やベトナム語は約4〜5音節程度に留まり、英語はその中間で約6音節程度でした。
一方で「1秒間にどの程度の情報を伝達しているか」に関しては、どの言語も1秒間に平均で39bits程度の情報量を伝達していることが判明したのです。
これは一体どういうことなのでしょうか?
つまりこれはタイ語やベトナム語のように1音節で伝達できる情報量が多い言語ほど、遅く話される(1秒間に産出される音節数が少ない)傾向があり、対照的に日本語やバスク語のように1音節で伝達できる情報量が少ない言語ほど、速く話される(1秒間に産出される音節数が多い)傾向が強いということです。そしてこれらを平均すると、「どの言語も1秒間に大体同じぐらいの量の情報を伝達している」という事実に行き着くのです。
まとめ:
如何でしたでしょうか?
トーン(声調)を駆使して、1音節あたりより多くの情報量を詰め込むタイ語やベトナム語等の言語は、その反動で発話スピードが下がってしまい、反対に1音節あたりに伝達できる情報量の少ない日本語やバスク語等の言語は、発話スピードを上げることによりそれを補っていることがお分かりいただけたのではないでしょうか?
言語によって情報伝達の戦略は異なるものの、私たちホモ・サピエンスの脳機能・認知能力には大差は無いことから、結果的にどの言語を話していても情報伝達量にさほど変わりは無いのですね。やり方は違えど、行き着く先は同じ、人間の言語・認知機能への興趣は尽きません。
参考文献:
Coupé, C., Oh, Y. M., Dediu, D., & Pellegrino, F. (2019). Different languages, similar encoding efficiency: Comparable information rates across the human communicative niche. Science advances, 5(9), eaaw2594. https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw2594