‘Juliet is the sun.’ (ジュリエットは太陽だ)
かの有名なウィリアム・シェイクスピア作「ロミオとジュリエット」に登場する台詞ですね。
耳にしたことがある方も少なくないのではないでしょうか?
無論、人間の女性である「ジュリエット」が、とてつもなく巨大な燃え盛るガスの塊である「太陽」という恒星ではないことは誰もが理解していますよね。
解釈は読み手に依存しますが、基本的には「地球のあらゆる生物を照らし、この世の中に光をもたらす偉大なる存在」として人間がイメージする「太陽」の性質を、人間の女性であるジュリエットの暖かな人間性を表現するために借用していると言えます。
これが所謂’metaphor’(日本語では暗喩)という表現方法です。一般的には、小説など文学作品で使用される特殊な言語表現だと認識されていらっしゃる方が大多数なのではないでしょうか。
しかし実はこのメタファーが「人間の認知能力、ひいては言語のあり方の基盤を構成する重要な要素の一つなのではないか」と考えた学者達がいました。
1980年台にカリフォルニア州立大学バークレー校の認知言語学教授George Lakoff博士と、オレゴン大学・哲学教授Mark Johnson博士らによって最初に体系づけられたこの理論は、「Conceptual Metaphor Theory」(概念メタファー理論)と呼ばれ、現在に至るまで認知言語学者の間で熱心な研究対象となっています。(Lakoff & Johnson, 1981)
概念メタファーとは、「ある事象Aを、別の事象Bを使用して理解する」プロセスを指します。
一般的には抽象的な概念を理解する為に、より具体的な概念を用いることが多いとされます。
それではいくつか例を見ていきましょう。
例えば「時間」は目に見えず、物理的に触れることもできない、人間が生み出した「概念」だと言えますが、私たちは普段生活している中で問題なく時間を認識できていますよね。
概念メタファー: 「’時間’は’物理空間’である」
Let’s push back the meeting by one hour. (会議を1時間”後ろ倒し”しよう)
I will not look back on the past anymore. (過去はもう”振り返ら”ない)
時間は目に見える訳でも、物理的に存在している訳でもないのに、「後ろ倒し」したり、「振り返ったり」できるのは、よくよく考えてみると妙だと感じませんか?
実は私たちは抽象的な「時間」という概念を「物理的な空間」に置き換えることによって、理解していたのですね。
「抽象的な概念Aをより具体的な概念Bの構造を借用して理解する」これこそが概念メタファーの真骨頂です。
同様に私たちの「感情」も抽象的な概念であり、目にも見えず、物理的に触れることもできません。例えば概念メタファー理論において、「怒り」は「熱」や「火」といった物理現象の助けを借りて、認知されていると言われます。
概念メタファー: 「’怒り’は’熱’である」
He is burning with rage. (彼は怒りに”燃えて”いる)
He has a hot temper. (彼は”熱い気性” の持ち主だ[=怒りっぽい性格だ])
これは日本語でも全く同様の事象が見受けられます。怒っている人に対して、「そう熱くなるなよ」と言ったりする時も、まさにこのメタファーが稼働している証拠と言えます。
概念メタファー: 「’議論’は’戦争’である」
She attacked every weak point in my argument. (彼女は私の議論の弱点を一つ残らず”攻撃”した[=論破した])
So if anybody has any questions, please fire away. (質問かある方は、どうぞ”発射”してください[=訊ねてください])
日本語でも「論点の隙を突かれる」、「議論に負ける」等、英語同様に「議論」を「戦闘行為」として概念化することが非常に頻繁にあります。
概念メタファー:「’社会的組織’は’物理的な建造物’である」
I built the foundation of this company. (私がこの会社の”礎”を築いた)
企業等の社会的な組織・集団、社会的な階層を理解する際には、往々にして物理的な建造物が用いられることが多いでしょう。
概念メタファー:「’人体’は’機械/道具’である」
He is very sharp.(彼はとても頭が”切れる”)
日本語でも「頭が切れる」、「頭の回転が早い」というように、人間の知性が鋭利な刃物等の物理的な道具や、高速で稼働する機械に例えて認知される例が広く用いられます。
まとめ:
いかがでしたでしょうか?
文学作品等で使用される特殊な言語表現だと思われがちなメタファーですが、「時間」や、怒りや悲しみといった人間の「感情」、「社会的な組織」等、目に見えず、物理的に接触することのできない「抽象的な概念」を認識・理解するために、必要不可欠な認知機能だということがお分かりいただけたのではないでしょうか?
言語や文化によって多少の差はあるものの、こういった概念メタファーは英語・日本語に限らず、世界のあらゆる言語で確認されています。私達人間は7000を超える言語を使用しますが、諸言語の文法構造や単語、音声・音韻的特徴のみを切り取って見ると、其々が全く違ったシステムである様に思えます。
しかしそれら言語を駆使して私達人間が「何を達成しようとしているのか」を考えた時、その言語を話す人間は「同じような身体と脳と認知基盤を持った動物」であることに変わりはないので、当然このような普遍的な形質も炙り出されてくるのですね。
次に英作文をする時は是非、今自分が言わんとしていることは、「字義通り」の表現なのか、それとも別の概念の力を借用した「概念メタファー」なのかを考えてみると、新しい発見があり、より深く英語学習を楽しめるかもしれませんね。
参考文献:
Lakoff, G., & Johnson, M. (1981). Metaphors we live by. University of Chicago Press.