突然ですが、あなたは次の英語のなぞなぞが解けますか?
“A Buddhist Monk begins at dawn one day walking up a mountain, reaches the top at sunset, meditates at the top for several days until one dawn when he begins to walk back to the foot of the mountain, which he reaches at sunset. Make no assumptions about his starting or stopping or about his pace during the trips.
Riddle: Is there a place on the path that the monk occupies at the same hour of the day on the two separate journeys?”
[日本語訳]
ある仏教僧が、明け方に山頂へ向けて登山を開始し、その日の夕暮れ時に山頂に到着した。僧は数日間山頂で瞑想した後、ある日の明け方に山頂から麓へ向けて下山を開始し、その日の夕暮れ時に麓へ到着した。
なぞなぞ: 「登山」と「下山」、2つの別々の道程において、1日の同じ時間帯に、僧が山道の同じ地点に居た瞬間はあるか?(ただし出発地点、停止地点、歩行ペース等を一切仮定しないものとする)
出典: https://markturner.org/blending.html
いきなり答えを言ってしまうと、このなぞなぞの正解は「Yes」で、その説明は、「There must be a place where he meets himself, and that place is the one we are looking for. 」となるそうです。
つまり、「仏教僧が自分自身に出会う場所」こそが、登山と下山の2つのばらばらの経路において、仏教僧が同じ時間に同じ場所に居たことの証明になるという説明ですね。
皆様にとってこれは納得の行く回答だったでしょうか?
このなぞなぞは1964年に Arthur Koestlerの著書「The Act of Creation」の中で最初に言及され、その後、カリフォルニア州立大学サンディエゴ校認知言語学教授・故ジル・フォコニエ博士と、ケース・ウェスタン・リザーブ大学認知科学教授・マーク・ターナー博士が2002年に共同執筆した「The Way We Think: Conceptual Blending and the Mind’s Hidden Complexities」の中でこれに対する大変興味深い見解が出されました。
フォコニエ博士とターナー博士によると、英語のネイティブスピーカーにとってこのなぞなぞの回答は納得のいくものであるが、そもそもこの回答を聞いて理解できること自体が、重大な人間の認知機能の本質を反映していると言います。
何故なら、この仏教僧は1人の人物であり、山頂へ登山を開始した僧も、数日後に麓へ向けて下山した僧も、当然ながら同一人物です。
従って、仏教僧が登山中に「下山している最中の彼自身」に出会うことも、数日後、下山中に「登山している最中の彼自身」に出会うことも、物理的に不可能ですよね。
しかし両博士の見解では、英語のネイティブスピーカーがこのなぞなぞに回答する際、以下のような認知操作が働いていると言います。
先ず、「1. 登山中の仏教僧スペース(下図左)」、「2. 下山中の仏教僧スペース(下図右)」という2つの「インプットスペース」(人間の心の中の架空の認知的空間)を形成します。
そして1と2の2つのスペースの構成要素の中から、「共通項」を導き出し、第3の「共通スペース(下図上中央」を構築します。
そして最後に「登山中の仏教僧」と「 下山中の仏教僧」が2人とも両方同時に存在する新しい世界線、第4の「ブレンデッドスペース(下図下中央)」を構築します。
この第4の「ブレンデッドスペース」を構築できるからこそ、英語のネイティブスピーカーはこのなぞなぞに回答できるという訳ですね。
これが両博士が提唱した「概念ブレンディング理論」の大まかなフレームワークです。
出典: Fauconnier, G., & Turner, M. (2002).
つまり「概念ブレンディング理論」によると、人間は複数の概念から共通項を抽出した上で、それらを都合よく組み合わせることによって更に複雑な概念を形成したり、理解したりしていると言えるでしょう。
フォコニエ・ターナー両博士によると、この概念ブレンディングは、人間の言語やクリエイティビティの仕組みの根幹を反映する機能で、上記の様ななぞなぞに留まらず、イディオムやメタファー等、様々な言語学的現象がこの理論で記述できるとしています。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回ご紹介したのはシンプルな英語のなぞなぞですが、その「舞台裏」では非常に緻密で精巧な認知機能が働いていることがお分かりいただけたのではないでしょうか。皆様も普段英語を学習されている際、もしくは日本語を使用している際、無意識にこの「概念ブレンディング」を実行していることがないか、探してみると面白いかもしれませんね。人間の言語と心の仕組みの面白さを少しでも共有できたらなら幸いです。
参考文献:
Fauconnier, G., & Turner, M. (2002). The way we think: Conceptual blending and the mind’s hidden complexities. Basic Books.
Turner, M. (n.d.). Blending and Conceptual Integration. https://markturner.org/blending.html